ひと夏を注ぎ込んで集中した修業の日々が、いよいよ今日で終わる。
30歳を過ぎてから教室で学ぶ歴史や古典はとっても興しろかった。
足の運びから姿勢の美しさまでに神経を張り巡らせた祭祀の修業は意義深かった。
現役第一線で活躍中の神職方から聞く話と言葉の多くが心に刻み込まれた。
せれは悠久の営みを理解し実践されているという事実。
伊勢や上賀茂の社をお参りして、そこに感じる歴史の中に自分も居(要)事を自覚した。
誰かが繋ぎ護ってくれたから、今の自分がいて、僕には護るべき家族が居る。
信仰心や地域の相互扶助が少なくなりつつある現代における宗教家の役割を考える。
難しく考えないで家族と地域の人の顔と心を見れば良い。
誰だって幸福でありたいに決まってるんだから。
聖と俗、公と私は相反するもので無く融合するんだと知り少し他人に寛容になれた。
信仰は憎む事ではなく許すことなんだ。
体験を宝と考え、嫌いより好きを増やそう。
一番の宝はこの夏に出会った同じ志しを持つ仲間との出会いだった。
迷った時には同志が居ると想える事は凄い力になる。
そして僕の認識不足でご迷惑と余計な心労を煩わせた関係者の方にも感謝と謝罪を。必ずこの経験を還元する事を約束します。
今日で二度と同じ経験は出来ない貴重な夏が終わる。
最後に、支えてくれた家族、奥様、両親、最愛の息子に心からの感謝と愛情を。
節目を噛み締めて、夏を気持ち良く終えよう。